書斎から NozomN の書斎から

無宿者

 4年前に引っ越したとき、部屋の本棚と引出しを小ぶりなものにした。引っ越す2年ぐらい前から、本をスキャンしてクラウドストレージに収納する作業をしていたので、辞書、辞典、写真、絵画、年表などを除いて、ほとんどの本は手元から消えた。本が消えた分、棚や引出しのスペースに余裕が生まれた。前から気になっていたあれこれを、慎重に分類しながら整理して収納した。

 だが、付箋が見つからない。鉛筆やマーカーと一緒にしておいたと思う。なのに、鉛筆、ボールペン、マーカーは見つかったのに、付箋が消えている。おまけに、メジャーが見つからない。インクとコンバーターの替えが見つからない。ココナツの匂いがするリップクリームとバンテリンが見つからない。その他いろいろが見つからない。

 歳を取ってから引っ越してはイケナイ、そう言ったのはYさんだった。Yさんとは歳が離れているから、ぼくはふふんと聞いていた。しかし本当だった。Yさんは以前の状態を取り戻すのに半年かかったと嘆いていた。ぼくは4年経って、まだあがいていた。

 思い余って、整理し直すことにした。よくよく考えて、ぼくは小さな部屋をひとつの町内だと見立てた。1丁目から6丁目までに分けた。各丁目には番地も振った。番地の中にある引出しや箱には号数を振り、アパート名をつけた。

引き出しのなか

▲これは写真用のヤラセだから本当ではないけれど、4丁目7番地2号の〈メガネ荘〉のつもり。番地毎に、開架されているモノ、引出や箱に入っているモノを写真に撮って、番地順にノートに貼り付けた。

 それから、モノを住民と見立てて「住民台帳」を作った。

 ほ 補聴器    4-7-2〈メガネ荘〉
 ほ 補聴器 電池 4-7-2〈メガネ荘〉
 ほ 補聴器 取説 3-3 〈取説村〉

 以来、なかなかよい具合である。見つからないものがなくなった。すこぶる快適である。

 だが、好事魔多し、月に叢雲花に風、寸善尺魔、そうは問屋がおろさない。新住民の流入が少しずつあって、その居住先が定めにくい。またはぼくが、ヤル気のない戸籍係よろしく、住所登録の手続きをさぼったりするので、例えばだが、北見のハッカ油、B5判のクリップボード、ラタンスティック、HDMIケーブル、おたふく手袋10双、ジェントス・ランタンなどが棚の隅その他に滞留し始める。

 しばらくすると、棚の隅その他が一杯になり、その他は棚一段すべてに広がった。そしてまたしばらくすると、棚二段目も使うようになった。ときどき居住先を決めるのだが、なかなか収まりが悪い。で、収まりが悪いモノは収まりが悪いモノとして、別にリストをまとめ、〈無宿人別帳〉とした。

 以来、〈無宿人別帳〉のリストが増えるばかりである。無宿者たちが、大きな顔でたむろしている棚が気になる。だが、彼らは区画整理にすんなり応じるようなタマではない。

 なるほど、こうして京でも江戸でも、無頼の輩がはびこるようになっていったのか。ぼくは自分の部屋の中に、歴史の真実を見たのかも知れない。この部屋を差配していたぼくも、いずれはどこにも居場所がないとうそぶく無宿者になっているのかも知れない。

2021/5/12 NozomN

   

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