日本の工業を世界的なレベルに押し上げた功績者は、米国人の統計学者エドワード・デミングだと断言してもよいだろう。デミングは一九五〇年、日本の経営者につぎのことを伝えた。(一)品質管理は経営トップの主導で行うべし。もっと熱心に働けと言っても品質は良くならない。(二)顧客は生産ラインの最も重要な一部である。すなわち品質は顧客によって決定される。(三)プロセスの変動に注視せよ。プロセスは製品に勝る。製品を検査員が手にしたときには既に遅いのだ。(四)変化や改善をやめるな。変化や改善によってすべての関係者に影響を与え、彼らを巻き込め。(五)人を訓練せよ。人は良い仕事をしたがっている。──そう言って日本経済を復興に導いた統計学者は、米国では長く名の知れぬ存在だった。
一九八〇年代に入り、米国産業の生産性低下が深刻になってきた。テレビをはじめ一般のメディアがこの問題を頻繁に捉え始めた。なるべく見ないように目を逸らせていた日本企業のやり方を、直視するようになった。直視してもすぐに正解が見えてくるものではない。しかし時間をかけ、日本企業の生産性の秘密を探っていくと、そこには必ずデミングの教えがあった。オ-、デミング!汝の名はデミング!アメリカ人のデミング!ニューヨークの地下の研究所で、三〇年前に日本を変えた偉人を最初に発見したのは、NBCのプロデューサーだった。デミングは放送を通じて、初めてアメリカ人に品質を語り始めた。
その一〇年後、一九九一年、「USニュース&ワールド・レポート」は世界を変えた九つの出来事・人物を選出した。最初の一人が使徒パウロ。パウロは紀元六〇年頃に死んだと推定される人物で、その一九三〇年後のデミングが一番最近の人として選ばれた。デミングこそが日米産業界のメンターだったのである。
つまりメンターとは、経験が二、三年早い先輩のことではない。助言するに値する助言をし、見習うに相応しい行動をする師のことである。デミングは彼の「一四のポイント」の一〇番目で言っている。「労働者へのスローガン、説教、目標を取り除け」これは経営者たちへの言葉である。真のメンターは経験を教えるのではない。真実を伝えるのである。真のメンターは諫言もするのである。そのようなメンターを身辺に捜すと良い。マルチなメンターを身近に求めるのは難しいから、一〇人ほどのメンターを取りそろえればよいだろう。貴兄もマルチでなくていいから、ホンの小さな分野でいいから、プロテジェがたった一人でもいいから、何事かのメンターを目ざしてみないかね。それが勤め人のボランティアというものだろう。