カチョーがリーダーとして最初にやらなければならないのが指示である。この資料をコピーしなさいと指示する。それで足りなければ、三時までに五部をキレイにコピーして、左肩をホチキスで留めなさいと指示をする。それでも足りなければ、この部屋の西側コーナーにあるコピー機を使いなさいと加える。斯(か)く(このように)何を何時どのように仕上げるか、やり遂げるかを、部下のレベルに応じて特定してやるのが指示なのである。
指示はカチョーが発揮すべきリーダーシップの中では最も単純な行為である。あまりに単純だから、誰にでもできるように思われがちだが、さにあらず。昔のカチョーは確かにできた。部下に指示することの一部始終は、大概経験済みだったからである。カーボン紙を挟んだ伝票の枚数によって、筆圧をどの程度変えるかの秘術に習熟し、次第に禿げ行くカーボン粒子を長持ちさせるために数ミリずつずらす微妙な秘技も会得(えとく)していたから、部下が何をやればどこで躓(つまず)き、何をし忘れるかなど先刻お見通しであった。指示とはこのように、何をどうすればどうなるか、を承知して初めてできることである。しかし当今はカーボン紙を使わないから、十分に知り得意であったことが、指示のメニュに入れられないのである。カーボン紙を使わない代わりに最新の機器やシステムを使うようになったので、不十分な理解と不得意の上に立ってグラグラしながら指示するという痛ましさである。勢い痛くなりたくないカチョーは、指示なしで済ませる傾向を深めている。