「トーマス・ガイドを持っているかい?」
「座席の下にあるわ」ライダーは故障車両とレッカー車のかたわらを通り過ぎ、ボッシュは道路地図帳を探して、座席の下に手を伸ばした。レッカー車から充分離れると、ボッシュは天井のライトを灯し、すばやく地図のページをめくっていった。トーマスのロード地図帳は、ロサンジェルスで運転する際のバイブルだった。ボッシュは永年この地図帳に慣れ親しんでおり、いま自分たちがいる箇所が載っているページをすぐに探し出した。--『終結者たち』マイクル・コナリー
マイクル・コナリーのハリー・ボッシュ・シリーズは、『終結者たち』で11弾目になるが、トーマス・ガイドが出てきたのは、この本(原題は『The Closers』)が初めてだった。少なくともぼくが気づいたのは、これが初めてだ。
最初にトーマス・ガイドを手に入れたのは、サンフランシスコの地図専門店だった。1985年のことで、店名は忘れたが、『地球の歩き方』で紹介されていた店だった。買い求めたのはポートランド版で、初めてのポートランド行に備えたのだ。
サンフランシスコからアムトラックでポートランドに到着した日、ダウンタウンでレンタカーを借りた。ポートランドのダウンタウンは一方通行が多く、ハーツの狭いモータープールからクルマを出そうとすると、行きたい方向とは反対に出てしまった。
しかたなく成り行きでクルマを走らせ、混雑のない路肩に止まってからトーマス・ガイドを広げてみた。すると、たちどころに現在位置が理解できた。目指す場所への道も、簡単にわかった。
レンタカーを借り出す初体験に苦労した後なので、トーマス・ガイドのありがたさは一入(ひとしお)だった。これさえあれば、どこへでも自由に向えそうだった。
確かにそうだった。家人の知り合いの家を目指してBurnside通りを東に下り、Gresham地域の細かな道に入り、郵便箱に記された番号を辿っていくと、その家はあった。
ロス市警の刑事ボッシュと同じように、トーマス・ガイドはこの時から、「ポートランドで運転する際のバイブル」になったのである。
トーマス・ガイドやOregon Highway Atlasを使ってみると、アメリカの道路の標示システムがわかってきた。幹線道路のナンバーは、南北に走るものが奇数、東西が偶数。街路は、南北がAvenue、東西がStreet、番地も道路の左右を隔てて奇数と偶数に分かれる。
Streetには固有の名前がついているが、Avenueは番号で表示されることが多い。ダウンタウンに最も近いのが1st Avenueで、遠ざかるほど2nd Avenue、3rd、4thと数が増えていく。
住所と道路との関係も明快である。たとえばグレンドビア・ゴルフ・コースの住所は、〈14021 NE Glisan, Portland, OR 97230〉とある。基点からGlisan Streetを140ブロック進んだところにある、という意味になる。
Portlandエリアの基点になる道路は、Burnside Streetと1st Avenueである。したがってグレンドビア・ゴルフ・コースは、Glisan Streetと140th Avenueが交差したところになる。
もうひとつだけ例示すると、グレシャム・ゴルフ・コースの住所は、〈2155 NE Division St, Gresham, OR 97030〉で、これはGreshamエリアの起点道路から、Division Streetを21ブロック進んだところにある、と言う意味になる。
ちなみにGreshamエリアの基点道路は、Powell BoulevardとMain Avenueである。Gresham地域にあるMain Avenueは、ダウンタウンの1st Avenueから223ブロック離れているから、ゴルフコースはさらに21ブロック進んだ224th Avenueにある、ということになる。
こう書いてみると少しややこしいが、住所はその地区のダウンタウンを基点にして、Street名とブロック数で表示されるのが基本だ。ポートランドのような大きな都市になると、Avenueで表されるブロック数は、小地域のダウンタウンからのものではなく、メインのポートランド地域からの通しナンバーのようになっている。
ちなみに道路の呼称は、StreetやAvenue だけではなく、先ほどのBoulevardやDrive、Road、Way、Parkway、Court、Lane、Highwayなどがある。また中心部を離れると、Streetにナンバーがつくケースも出てくる。これは町の発展の方向を示しているのかも知れない。
いずれにしても、トーマス・ガイドのわかりやすさは、アメリカ全体の道路行政、住所表示ルール、大都市の道路表示システムと無縁ではないだろう。
2021/5/8 NozomN