草稿ノート草稿ノート

トーマス・ガイド(幻想都市紀行13)

「トーマス・ガイドを持っているかい?」
「座席の下にあるわ」

 ライダーは故障車両とレッカー車のかたわらを通り過ぎ、ボッシュは道路地図帳を探して、座席の下に手を伸ばした。レッカー車から充分離れると、ボッシュは天井のライトを灯し、すばやく地図のページをめくっていった。トーマスのロード地図帳は、ロサンジェルスで運転する際のバイブルだった。ボッシュは永年この地図帳に慣れ親しんでおり、いま自分たちがいる箇所が載っているページをすぐに探し出した。--『終結者たち』マイクル・コナリー

 マイクル・コナリーのハリー・ボッシュ・シリーズは、『終結者たち』で11弾目になるが、トーマス・ガイドが出てきたのは、この本(原題は『The Closers』)が初めてだった。少なくともぼくが気づいたのは、これが初めてだ。

マイクル・コナリーの『終結者たち』

▲ロス市警・未解決事件班の刑事であるボッシュは、生まれも育ちも仕事もロサンジェルスだから、この町は知り尽くしているはずなのだが、その彼にしてからが「トーマスのロード地図帳は、ロサンジェルスで運転する際のバイブルだった」というのである。

 最初にトーマス・ガイドを手に入れたのは、サンフランシスコの地図専門店だった。1985年のことで、店名は忘れたが、『地球の歩き方』で紹介されていた店だった。買い求めたのはポートランド版で、初めてのポートランド行に備えたのだ。

 サンフランシスコからアムトラックでポートランドに到着した日、ダウンタウンでレンタカーを借りた。ポートランドのダウンタウンは一方通行が多く、ハーツの狭いモータープールからクルマを出そうとすると、行きたい方向とは反対に出てしまった。

 しかたなく成り行きでクルマを走らせ、混雑のない路肩に止まってからトーマス・ガイドを広げてみた。すると、たちどころに現在位置が理解できた。目指す場所への道も、簡単にわかった。

 レンタカーを借り出す初体験に苦労した後なので、トーマス・ガイドのありがたさは一入(ひとしお)だった。これさえあれば、どこへでも自由に向えそうだった。

 確かにそうだった。家人の知り合いの家を目指してBurnside通りを東に下り、Gresham地域の細かな道に入り、郵便箱に記された番号を辿っていくと、その家はあった。

 ロス市警の刑事ボッシュと同じように、トーマス・ガイドはこの時から、「ポートランドで運転する際のバイブル」になったのである。

トーマスガイド

▲トーマス・ガイドは毎年版を重ねていた。これは1990年版で約550ページ。2007年版は900ページを超え、判型も二回りほど大きくなった。道路索引が詳細で探し出せない場所はない。2015年以来、ペーパー版は出ていない。

 トーマス・ガイドやOregon Highway Atlasを使ってみると、アメリカの道路の標示システムがわかってきた。幹線道路のナンバーは、南北に走るものが奇数、東西が偶数。街路は、南北がAvenue、東西がStreet、番地も道路の左右を隔てて奇数と偶数に分かれる。

 Streetには固有の名前がついているが、Avenueは番号で表示されることが多い。ダウンタウンに最も近いのが1st Avenueで、遠ざかるほど2nd Avenue、3rd、4thと数が増えていく。

 住所と道路との関係も明快である。たとえばグレンドビア・ゴルフ・コースの住所は、〈14021 NE Glisan, Portland, OR 97230〉とある。基点からGlisan Streetを140ブロック進んだところにある、という意味になる。

 Portlandエリアの基点になる道路は、Burnside Streetと1st Avenueである。したがってグレンドビア・ゴルフ・コースは、Glisan Streetと140th Avenueが交差したところになる。

 もうひとつだけ例示すると、グレシャム・ゴルフ・コースの住所は、〈2155 NE Division St, Gresham, OR 97030〉で、これはGreshamエリアの起点道路から、Division Streetを21ブロック進んだところにある、と言う意味になる。

 ちなみにGreshamエリアの基点道路は、Powell BoulevardとMain Avenueである。Gresham地域にあるMain Avenueは、ダウンタウンの1st Avenueから223ブロック離れているから、ゴルフコースはさらに21ブロック進んだ224th Avenueにある、ということになる。

Oregon Highway Atlas

▲30年以上前にホテルかモーテルかのカウンターで手に入れたオレゴン州全体の道路地図。6つのエリアに分けられている。州の運輸局が編集した無料誌だが、有料でもこれ以上便利なものが見つけ出せないでいる。

 こう書いてみると少しややこしいが、住所はその地区のダウンタウンを基点にして、Street名とブロック数で表示されるのが基本だ。ポートランドのような大きな都市になると、Avenueで表されるブロック数は、小地域のダウンタウンからのものではなく、メインのポートランド地域からの通しナンバーのようになっている。

 ちなみに道路の呼称は、StreetやAvenue だけではなく、先ほどのBoulevardやDrive、Road、Way、Parkway、Court、Lane、Highwayなどがある。また中心部を離れると、Streetにナンバーがつくケースも出てくる。これは町の発展の方向を示しているのかも知れない。

 いずれにしても、トーマス・ガイドのわかりやすさは、アメリカ全体の道路行政、住所表示ルール、大都市の道路表示システムと無縁ではないだろう。

2021/5/8 NozomN

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