社内誌発行の目的は何だろうか。ひと言で表せば「そろそろ」、あるいは「いよいよ」といったところか。
社員が増えて社長がつぶやく。「そろそろ、社内誌が必要だな」
部門や場所が広がって一体感やコミュニケーションが怪しくなる。「いよいよ、社内誌が必要だな」
本当はもっといろいろな動機があるのだろうけれど、だいたいこんなものだと思って差し支えないと思う。なぜって、社内誌発行の目的を、
1.社内の情報を全社員で共有する
2.社員のモチベーションアップを計る
3.社員の一体感を支え、コミュニケーションを促進する
4.会社の理念、ビジョン、経営計画を共有する
5.会社のステークホルダーへの理解を深める
と並べても良いけれど、この表現、ちょっと「社内誌的」でないのだ。
社内誌は経営サイドの意向でスタートする社内コミュニケーション誌だ。ここにはちょっとしたせめぎ合いがある。「経営サイドの意向」を強調すると官製広報誌みたいになる。「社内コミュニケーション」だけにフォーカスすると同好会誌になりかねない。ここを乗り越えるには、「経営の意向を汲みながら社員の気持ちにチューニングする」社内誌にしたい。
ということで、上の「発行目的1〜5」の表現は、経営サイドの意向をそのまま列挙したようで、いかにも硬い。そのまま硬直社内報にのめり込んでいきそうだ。担当者や関係者が毎日唱和しないといけない気分になってくる。
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表現はメッセージである、と言い切ることは出来ないけれど、節目節目の表現はそのままメッセージになることが多い。入社案内などで経営者が「わが社の社風は一に自由闊達、二に相互尊重でありまして」と発言しているのを見て、ああ自由な雰囲気の会社でいいなあ、と思う学生はいないだろう。表現が、経営者の枠内の自由、みたいなメッセージを伝えるからだ。
社内誌作りではデザインと発想が命だが、まずは「発行の目的」みたいな大上段に構えたところこそ、表現デザインに工夫したいものである。そこで、これは例えばの話だが、社内誌発行の目的を「そろそろ」や「いよいよ」だと考えてみた。コンテンツ作りを、会社の今、社員の今、社会の今に連動しやすくする、というのがデザインコンセプトだ。
子供を持つ社員が増えたから、そろそろ家族ネタの記事が欲しいな。
そろそろSDGsをテーマにしたいね。営業の助けにもなるような事例も入れて。
そろそろ会社周辺の地域との関わりネタを拾いたい。どんな視点がいいだろう。
いよいよ決算だけど、どこに焦点を当てようか。だれに焦点を当てようか。
そろそろ新システムの徹底解説をやろうよ。みんなで盛り上げないと。
こんな具合だが、「そろそろ」「いよいよ」はコンテンツを深めるにも役立つ。
そろそろ月次の損益(P/L)をみんなで共有しても良いんじゃない。
だったら損益計算書をやさしく解説する記事が必要だね。
それだとお勉強風になるから、P/Lを使ってこんなことをしているっていうケースを紹介した方が良いのでは。
P/Lによるチーム管理だね。他の会社の成功事例も取材したいな。
お客さまの中から事例会社を探せないだろうか。
連載したり資料を集めたりしたら「P/L管理展」の下地ができるかも知れないな。
「発行目的5ヶ条」を「そろそろ」に変えることは、表現を変えているように見えるけれども、本当はデザインの変更なのである。
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「発行目的5ヶ条」は、見たとおり5行がきれいに並んでいる。これはリニア型、線形と呼ばれるデザインで、守るべき決まりや枠組みを示すのには効果的だ。しかし現状を見つめ、問題を拾い、課題を広げ、解決の道を探るためには使いにくい。生きたテーマを扱うには線形よりも図形の方が発想が広がりやすいのである。
伝統的な図形にマンダラ(曼荼羅)がある。仏教が作り上げた秀逸なコミュニケーションデザインとして知られている。仏教はこのデザインを得たお陰で、難解な教義を幾億の人たちに広めることができた。リニア表現では万分の一の信者も集められなかっただろう。
曼荼羅は中心から八方に広がるデザインが基本だ。広がった先からまた広がる。それぞれが中心や周囲と関係、連環している。中心が周囲へと拡大するが、細分化しているとも言える。周囲が中心へと凝縮し、一本化する様子もある。曼荼羅は図案そのものがいろいろな意味を語り、強いメッセージ性を持っているのだ。
マンダラの中心に「会社のそろそろ」や「社員のそろそろ」を据えると、コンテンツは拡大し、細分化し、しかも関連し合う。あるいは小さな事象を拾い集めて、「会社のそろそろ」や「社員のそろそろ」との関連を探ることで、見えなかった他の事象をあぶり出すことができる。
編集は事業開発や商品開発と同じように、今という時間軸の中で勝負をするものだから、リニア発想は1、図形発想を9くらいの感じで取り組むのが良いと思う。マンダラ発想はそのひとつだけれど、文化人類学者の川喜田二郎さんが考案したKJ法や、トニー・プザンが提唱したマインドマップ、伝統的なツリー表現(これも仏教に源流がある)、魚の骨を使ったフィッシュボーンダイアグラムなども、図形発想のお手本だ。近年ではデザイナーの今泉浩晃さんが考案した「マンダラート」という発想ツールもある。
京都高山寺、栂尾の上人明恵は樹上座禅の絵で知られるが、この絵が紹介されるときは部分拡大図が付きものである。これは明恵上人の思惟の姿であると同時に、彼の思惟世界がマンダラのように広がって、それが細部に書き込まれているためだ。法然の『選択本願念仏集』を激しく批判した『摧邪輪』(ざいじゃりん)を読むよりも、この絵一枚を見る方が明恵を直感できるのだ。
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社内誌の目的をコンテンツにつなげるための表現は、線形と図形だけではない。その中間にはリストや表(スプレッドシート)がある。
リストは線形表現だが、使い方によってはマンダラのような世界を描くことができ、しかもマンダラのような連関性にこだわらない表現ができる。その好例がロバート・ハリスの『人生の100のリスト』だろう。彼の本の目次には本当に100のリストが並んでいる。リストの一部を上げると、
ファッションモデルとつきあう
1000冊の本を読む
イルカと泳ぐ
原宿に自分のサロンを作る
モロッコでポール・ボウルズの短編を読む
武道の黒帯を取る
南の島で放浪者たちの集うバーを開く
ヒッピーになる
エベレストを間近に拝む
映画を5000本観る
映画で殺し屋を演じる
自伝を書く
バックギャモンの世界チャンピオンになる
人妻と恋をする
ZEN寺で修行する
貨物船に乗って『ロード・ジム』を読む
……
彼のリストはただのリストではない。100のリストなのである。数が多いのである。数が多いだけで、リストの質が変わる。彼はそのことを次のように書いている。
やりたいことを挙げるのは簡単だか、100となると話は違う。「作家になる」とか「世界を放浪する」といった大まかな夢を挙げていったらとても100までいかない。遊び心やイマジネーションも必要だった。「作家になる」は「ギリシャの島で小説を書く」「自伝的な恋愛小説を書く」「もの書きとして飯を喰う」「地の果てで旅の本を書く」といった項目になった。「世界を放浪する」はもっと拡散した。完成させるのに一週間かかった。
数をこなすことでマンダラのように細分化が進むのである。これを真似て「社内誌編集100の目標」に挑むのも面白いだろう。漠然とした言い方、抽象的な言い方では間に合わなくなり、リストが生き生きとしてくる。リストとハサミは使いようだ。
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一方、スプレッドシートの効用は、ある世界をひとつかみにする、というところにある。先ほど出てきたP/L(損益計算書)のように、タテ軸に勘定科目、横軸を月次にして交わるところに数字を入れていけば、一年間の売上、原価、経費、利益などの航跡がハッキリと描き出される。企業の一年間の行動と成果を、一枚の世界に描き出すことができる。
しかしスプレッドシートに発想の広がりはない。厳密に言えば、スプレッドシートに埋め込まれた数字は、じつにさまざまなことを語っていて、初心にはただの数字の並びだが、ベテランには会社の現状も行方も問題も読み取れるのである。しかし元ネタの数字、つまりセルの内容は動かないし、セルを増やして発想を広げることもない。
この点では、清少納言の技術が秀逸だ。『枕草子』はスプレッドシートの高次元活用の例なのだ。タテ軸の項目は柔らかで、たとえばこんな言葉が並ぶ。
山、市、峯、原、淵、海、みささぎ、渡り、たち、家、……。
これに対して横軸には、
山は 小倉山。鹿背山。三笠山。このくれ山。いりたち山。忘れずの山。末の松山。かたさり山こそ、いかならむとをかしけれ。いつはた山。かへる山。後瀬の山。朝倉山、よそに見るぞをかしき。おほひれ山もをかし。臨時の祭の舞人などの思ひ出でらるるなるべし。三輪の山、をかし。手向山。待ちかね山。たまさか山。耳成山。
市は 辰の市。里の市。海石榴(つば)市、大和にあまたあるなかに、長谷寺にまうづる人のかならずそこに泊るは、観音のご縁あるにや、心異なり。をふさの市。飾磨(しかま)の市。飛鳥の市。
などと並ぶ。山の一つ一つ、市の一つ一つがセルに入っていると見立てると、横軸は1、2、3、つまり順位である。今で言えばランキング表だ。山、市、峯、原と続くランキング項目の立て方も、ランキング対象の選定も、じつに見事である。しかもランキング対象のセルは、多かったり少なかったり、増減が自由なのである。表全体で一つの世界を現し、後から足したり引いたりも自在である。これなら編集のコンテンツ作りでも利用しやすいだろう。
スプレッドシートの最少のタテヨコを取り出して活用する手もある。最少の形は、
というものだが、x軸とy軸にベクトル(方向を持った量)を与えて、4象限を作って分析する手法だ。ボストン・コンサルティング・グループがタテ軸の市場成長率、ヨコ軸の相対的市場占有率によって描いたプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)の図が有名だ。商品や事業を4つの象限に当てはめて、花形 (star=成長率:高、占有率:高)、金のなる木 (cash cow=成長率:低、占有率:高)、問題児 (question mark=成長率:高、占有率:低)、負け犬 (dog=成長率:低、占有率:低)などに分布させる。こうすることで企業がどの事業や商品に、どの程度注力すべきかを明らかにすることができる。
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4象限を利用した例をもうひとつ上げると、「ジョハリの窓」と呼ばれる自己認識手法がある。自分を「自分が分かっている程度」と「他人が分かっている程度」の軸で分割したものだ。
「PPM」や「ジョハリの窓」をみると、タテヨコの軸にどのような事柄を置くかが活用の決め手だとわかる。ただし4象限の軸を何となく思いつくことは期待しにくい。もっと意図的なアプローチが必要なのだ。コツとしては、社内誌のこのテーマをもう少し掘り下げたい、社員やチームや社内イベントを違った観点から捉え直してみたい、といった具体的なニーズが高まったとき、タテヨコの軸を着想しやすくなる。
ジョハリの窓では、4象限の軸をずらすことで、自己認識の形が見えるようになる。明るい窓が大きければ概して開放的で、未知の窓が大きければ閉鎖的である。またこの評価を他人(複数の知り合い)が行ってギャップが生じるとき、自分の思い込みや他人の思い違いなどが明らかになってくる。4象限は扱い方や読み取り方を学ぶ必要があるが、活用範囲の広い道具だ。
社内誌の発行目的をどう表現したら良いのだろうかと、そのデザイン作りに汗を流すことをお勧めしたい。それが良い社内誌を仕立て上げる道だと思うからだ。本当は最初にやることだけれど、いつ初めても良い。ときどきやり直しても良い。
しかしデザインも発想も、ある意味では容れ物であり、攪拌器である。中身があってこそ役立つ道具だ。ではその中身とは何か。それを次回に。
(ツヅキます)
2021/2/17 NozomN