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バラの都(幻想都市紀行8)

 浜島庄兵衛と聞けば、実直な商人なんぞを想像するけれど、じつは江戸時代に200人ほどの盗賊を束ねる首領だった。東海道の諸国を荒らし回った挙げ句、最後は獄門にされた。浜島庄兵衛は大盗賊になってからは、日本左衛門と名乗った。そしてこの名は、後々まで日本中で語り継がれることになる。

 日本左衛門は言わばふたつ名である。一つ目の名は親から与えられ、二つ目は彼の生き方や特徴をとらえて、本人か周りかが作り上げた名だ。思い通りに名を上げた日本左衛門は、河竹黙阿弥の〈白浪五人男〉に日本駄右衛門として登場し、大見得を切る。

問われて名乗るもおこがましいが、産まれは遠州浜松在、十四の年から親に放れ、身の生業(なりわい)も白浪の、沖を越えたる夜働き、盗みはすれど非道はせず、人に情けを掛川から、金谷をかけて宿々(しゅくじゅく)で、義賊と噂高札に、廻る配符の盥越し(たらいごし)、危ねぇその身の境界(きょうがい)も、最早(もはや)四十に、人間の定めは僅か五十年、六十余州に隠れのねぇ、賊徒の首領、日本駄右衛門。

 ふたつ名は、ちょっとスゴいぞ、と感じさせたら成功だ。日本左衛門や弁天小僧は別格だが、独眼竜(伊達政宗)とか、敗戦直後に次々に水泳の世界記録を打ち立てたフジヤマのトビウオ(古橋廣之進)とか、東洋の魔女(日紡貝塚女子バレーボールチーム)もよく知られたふたつ名だ。日紡貝塚は欧州遠征で22連勝した後、1964年の東京五輪のメンバー主体となり、ソ連との優勝決定戦では67%の視聴率を取った。

 小説では池波正太郎の命名が上手い。『雲霧仁左衛門』の〈七化けのお千代〉は押し込む家への引き込み役で、どのような女にも化けられる。七化けは紫陽花(あじさい)の異名だから、艶やかな美人を想像させるふたつ名だ。〈木鼠の吉五郎〉という、屋根伝いに忍び込むのが上手い手下もいる。

 ふたつ名は、Aと言ったらB、のように、特徴を直感できてわかりやすい。宇都宮を餃子の町、館山を寿司の町というのは、大奮闘のセールスプロモーションで作り上げた、努力賞のふたつ名だ。

 もちろん宇都宮も館山も、餃子や寿司ばかりではない。いろいろある。けれども、いろいろあると言ってみても、他に比較して突出しているわけではないから、ついつい餃子と寿司になるのである。

 で、米国オレゴン州ポートランドの話だが、この町のふたつ名は〈バラの都=City of Roses〉である。住宅街を歩くと、たいていの家の庭先でバラを見ることができる。どの季節もどこかでバラが咲いている。町中がバラだらけだから、〈緑のイバラ=Green Brier〉という場所がたくさんある。

バラの咲く家

 ダウンタウン近くには〈国際バラ試験農園=International Rose Test Garden、通称ローズガーデン〉があって、ここは観光名所でもあるけれど、地元民も結婚式や音楽会などに使う馴染みの場所だ。全米で最初のバラ試験農園だそうで、700種以上のバラが植えられている。

 今年もダメだろうけど、5月下旬から6月上旬にかけては〈ポートランド・ローズ・フェスティバル〉が開かれ、世界中から人が集まる。花で飾られた山車(だし)がでる。ドラゴン・ボートレース、カーレース、スキーレース、コンサートなどが催されるロング・フェスティバルだ。そんなことだから、バラの都と言えばポートランドだ、と多くの人が直感する。

 2003年には、ポートランド市も〈The City of Roses〉を市の公式愛称とした。このことから言えば、ポートランドのふつ名は間違いなく〈バラの都〉なのである。

バラ

 しかし、バラの都と言えばポートランドなのだが、逆にポートランドと言えばバラの都かといえば、そう思う人は、案外多くはない。ポートランドのふたつ名を〈バラの都〉と決めるのは、いささか難しいのである。

2021/3/27 NozomN

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